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失われゆく芸術を求めて~美しきanything goesへ~私的言語としての芸術
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普遍の美
こうした情景に身をまかせたときに
そこから立ち現れる情趣
それは
良き文学、音楽、絵画、彫刻に邂逅した時に
得られる
あの例えようのない感動、時に快哉にも似て・・。

悠久なる時の大河
すべてが移りゆくなかで・・・

”こころ”あらば
いつの時代も
変わることのない
大切な何かが息衝いている

私はそれを見詰めていたい
見詰め続けて行きたい
結え
想いは
やはり芸術へ

芸術・・・
美学的には
定義不可能とされているもの
と申しますか
定義を外れるもの
といった表現の方が適切かもしれません。

それほどに
アブストラクトなもの
ですので
社会的圏域のひとつ”アートワールド”
なんていう概念が生まれても来たんですよね

此処には
芸術のヒストリがあり
所謂芸術界のチカラなんて言うもの
そして美術館やその制度など
様々なものが包括されているようで

ある芸術作品が芸術作品たることを
保証する理論的、歴史的審級をしてArt World
らしいのですが・・・。

そうなんですね
藝術は、結局
関係的理解の上の
関係的定義が与えられるのみ
というより、それすらなくば
美術館に入るか否かの基準さえ
定まりませんものね(涙

ただ・・

個人的には
芸術は基本
”anything goes”カナって。

例えば東大には美学芸術学に並んで
文化資源学(研究専攻)があるんですね
(院のみで学部には対応する専修課程はないものです)

私たちは途轍もないような”言葉”と”カタチ”の礎の上に
豊かな暮らしを戴いているのですが・・・

カタチを研究する学問である
美術史学或いは考古学以外の
多くの人文社会系の学問の対象は
”言葉”メインなんですね、
ですので
日々無数の貴重な”カタチ”が取毀れてゆく現状があります

それを社会に還元させるべく
多様な学問領域から
(こちら文理融合ということでなく)
社会に内在する問題をどう掘り起こして対象の本質に迫るか
よってリカレント教育、インターンシップも盛んな
トランス・ディシプリナリーなApproachが目的の研究室
文化資源学(Cultural Resources Studies)

多角的な研究姿勢が
波状的に広がっていってくれればいいナ
なんて思ったりもしています
というのも常日頃
豊かなる文化資源の構築に
(ウィトゲンシュタインに対抗する訳ではありませんが)
私的言語としての”芸術”も
不可欠と
強く感じているからなんですね・・・。

















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テーマ:**暮らしを楽しむ** - ジャンル:ライフ

【 2014/01/25 07:07 】

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