FC2ブログ
プラトン/プロティノス~ケンブリッジプラトン学派 Ⅱ ドイツ精神ゲーテ、シラーへ
ーー世界はその美によって正当化されるーー

DSC_0007 (2)

先に記した幸福と美へのささやかなつぶやきを
掬い取る様に丁寧に受け止め
タックーニとの一連の流れその哀しみにまで及ぶメッセージを
お贈り下さったあなたの慈愛溢るるお心に
胸がいっぱいになりました

いつも想うのですが
WEBを通じて受け取るみなさまの
奥ゆきのあるお言葉には
ココロ通じ合える大切なものがあって
それはなんだか画面では飽き足らず
もしお仕事上での出会いであったならば
きっと深夜遅くまでお話が尽きることはなかったものと
そう感じてしまうことも一度や二度ではありませんでした。

交錯する想い
暖かみのあるふれあいに感謝して
その”返歌”として
今日も綴らせて戴きます^^

冒頭のプロティノスのフレーズですが
こちらは、とりもなおさず
私たちの生きる世界は
イデアに密接に関与している証拠をこそ美としている
”とした
プラトニストたちのそれに重なるもの・・
そう
真実には
叡智的存在を観照すべく深き精神なくば到達しえない
徹頭徹尾
須く”心”なんですね
ほんとうに大切なものが瞳には映らないように
真なる美も、真なる幸福も目には見えないものなのだと
改めて思い知らされるようです・・・。

というのも
あらゆる実践は、否が応でも私達をこの社会に巻き込むもの
哀しいかな”行動”はいつの時代も世俗的に寄ってゆかざるを得ない側面をどこかに併せ持っていて
さらには、この世の欺瞞に服従させもする
けれど
崇高なる精神、純粋理論はどこまでも自由
であるが結え
真の幸福は”実践”にではなく”洞察”にある
というふうに発展していったんですね
実に綺麗な流れでした。

”形相理論”のベーコンや
自然のあらゆる現象を作用、反作用の二元論に還元してしまったホッブスとは
本質的に異なる自然哲学・・・。

17世紀18世紀あたりは
まさに
実践(行動)こそが近代的発展の礎となり
そこから不断の勢力を積み重ねて行くといった時代であったわけで
実際、デカルトが扱った規範が
論理学と認識論の域を出ることはありませんでした。

併しながら
ケンブリッジの哲学者たちの規範は
どこまでも
どこまでも・・・
ということなんですよね。

デカルトが自然をして、生命なき”幾何学的延長”を叫べば
モアは唯心的”精神的延長”(絶対空間理論)で答えましたね。

その後のニュートンの(実感として認めにくくもあった)遠隔力としての重力その理論が
実はモアの理論から成っているという皮肉があったりもするのですが^^

ーー美しくされたものではなく、美しくするものこそ真の美であるーー

プロティノス思想の影響を色濃く受けた
シャフツヴェリが
生命のない”幾何学的延長”にすぎなかった自然に
愛と美を吹き込むこととなったそのことは
そのままに
英国に於ける負のアスペクト(ある種の狭隘さ不寛容さ)を打ち破った彼の偉業となり
フランスルネサンスでのラブレーに
また
スペインルネサンスのセルバンテスにも相当すべくものではありませんでしょうか

彼はまさに近代美学の創始者であり
その概念は
あの偉大なるドイツ精神となるべく
ゲーテ、シラーの世界観へと受け継がれて行ったものでもありましょう。

末筆になりましたが
あらゆる美の源泉をして
”Parent-Mind”と表現した暖かき人間性を備えたシャフツヴェリ
そんな彼のメッセージを贈らせて下さい・・・。

ーー精神を形造る者には、
   それ自体のなかに精神そのものによって創られた
     あらゆる美が含まれており
       従ってそれは
         すべての美の原理であり、源泉であるーー















美しきもの
それは

深き精神性哉
ですね・・・。













関連記事
スポンサーサイト



テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/01/30 21:32 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
トラックバック
トラックバックURL
http://saki2000.blog.fc2.com/tb.php/520-f29b5afb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |