FC2ブログ
愛しの“Folly”~廃墟論その美学的見地 Ⅱ
DSC_0044_20140224161053300.jpg

18世紀英国の“廃墟ロマンティシズム”

それは
日常と無縁でなく
私たちが暮らすこの都市のなかにも
存在する

活き活きとした現在(いま)のなかに
突如顕れる虚無性の片鱗
人の気配が遮断され
無を暗示する
摂理の予感

痛みこそが
生きてる実感を鮮烈に齎すが如く
消えゆくことを思知らされ
掻き立てられるemotion

さらには

数十年、数百年、時に数千年という
編年(時間軸上の変遷)を抱える旧跡、遺構

またヨーロッパには
随処に古城が残されていますが
それでも
観光地化され
手入れの行き届いた有名な遺跡より
訪れる人もなく
朽ちるにまかせたたそれに
草木が生い茂り
ただただ自然に帰すのみとなった

そう
人為が自然に同化し
得も言われぬ一体感が醸し出される場所は
その深意を増すように思います

果てしのないような虚無感が呼び覚まされ
支配するのは時間だけという世界

大自然の獰猛
エントロピーは必ず増大し
そして
不可逆的方向への現象は否定される
息衝く
メタモルフォーゼ

人為に対する時間の優越性がこれでもかというように
説かれ
無力だけが浮遊するという世界観への
戦慄を伴う畏敬

恐らくそうした感性から生まれた廃墟論

それは
空間上の建築というよりも
時間軸上の建築といった色彩を帯びるもの

怖れに交錯する荘厳な緊張感が
死の意味さえ奪う

そこで唯一勝利するもの

それは・・・
諦観から達観の境地に引き揚げられた安寧

視線を逸らさずに
真っ直ぐに向き合うものだけが見出すそれは
想像力で補完しようとする
閉じられた
内なる美観と呼ぶにも相応しいものです。

失われゆく人為の場に
美が起立するというそのことは
日本古来の美意識である
さびにも似た
一回性ゆえの
尊さにも通じるものでありましょう

朽ちて尚美しい
無残に崩壊して
尚美しいのは

理性的秩序が自然に飲み込まれるといった
その悲劇性からなる美的コードであり
不可知ゆえの蠱惑かもしれません。

荒涼とした大地に
音のない孤独が蹲り
高邁な精神だけが
消極的に高揚する空間・・・。

ーーかくなる恐怖にかくなる美がいかに結合するかーー
~Thomas Gray







********************************

廃墟への考察
こうして日々
私に刺激を与えて下さるあなたへ

速攻のご感想記事
ありがとうございます。
こんなにも
共感して下さる・・・
あぁ、解かり合えるって
素敵なことですね☆
saki

*********************************



































関連記事
スポンサーサイト



テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/05/21 08:43 】

| 未分類 | トラックバック(0) |
トラックバック
トラックバックURL
http://saki2000.blog.fc2.com/tb.php/608-590d9299
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |