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哀しみのセルフィッシュ・ジーン Ⅱ~地球の静止する日/アルジェの戦い/いのちの戦場 アルジェリア/馬謖
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ひとの心は、武力なんかでは抑え込めない
そうした強いメッセージ性を含んだ作品に
フランスからのアルジェリア独立の際の悲劇を描いた
"アルジェの戦い"(原題: La battaglia di Algeri)
があったんですね・・・。

浮かびがる構図・・

時は、1954年11月1日、
北アフリカの仏領アルジェリア(カスバ)での
民族独立を叫ぶ地下抵抗者(FLN)による
決起運動を機に
その暴動の波がアルジェリア全域から
欧州各都市にまで波及し
至る所でテロが発生する
それを重大視したフランス政府が
軍事力での抑え込みにかかり
解放戦線鎮圧と称して
大量の軍をアルジェに派遣
一時は
チュニジアとの全面戦争一触即発な状況にも陥るなか
シャール計画などの過剰な弾圧によって
アルジェリア国民解放軍は壊滅されたかにみえた。

1960年(アフリカの年)の独立を叫ぶ数万と言う
名もなき市民アルジェリア群衆の一斉蜂起が為され
彼らは、武装したフランス軍や装甲車に
素手で立ち向かい
結果、1962年のエビアン協定によって
132年間に及んだ
フランスからの屈辱的植民地支配に
一応の幕は下ろされた・・・。
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歴史を鑑みるに
”セーヌがパリを横断するが如く
フランスは地中海をゆく”
そんな比喩が生まれるほど
フランスはチュニジア、モロッコ含め
北アフリカを領土化しようとしていた
そうした横行こそが
アルジェリア内の先住民同士の内戦を呼び
また、フランス政府とフランス軍との間の激しい闘争とも
複雑に絡み合っていったんですよね。
(現に、第四共和政はこれを機に崩壊していますし
その後結成されたOAS-秘密軍事組織-の暴挙も凄まじかったよう)

この解放闘争(戦争)は
国連からも見放され
その後も各国ジャーナリストの批判の対象にはなったものの
フランスは、”北アフリカの秩序維持作戦”と躱し続け
その後、
訳の分からないフランスの”忘却政策”なるものによって報道規制がしかれるなど
フランス側の身勝手さが際立ってもいました。
(フランスがこれを戦争と認めたのは、
1990年になっての”記憶の義務運動”から
実に20世紀も末の末1999年のことだったんですよね
それでもなお2005年には
なんとも時代錯誤なフランス植民地支配肯定の法律なんて
採択されているようですからほんとうに驚きます-1年後に廃止-)
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こうした経緯を踏まえてなお
特定の国や民の視点によるのでなく
あくまで客観的視点
ドキュメンタリー路線を貫き通したという(イタリアはもちろん)
アルジェリアの製作者らの志の高さには頭が下がります。
ただこうしたドキュメタリー性の高さも
政府戦略家、革命グループ
双方のトレーニングビデオに採用されることの
証左になってしまってもいるのでしょうか。

しかし
そうした視点で観るなら尚のこと
モリコーネの美しい音楽に耳を澄ませて欲しい
トレーニング以前に
そのような事態の当事者となっている
己の現実から目を覚ます切っ掛けに、
その戦いの無謀さ、愚かさ、虚しさに思いが至り
別の解決策を探る契機にしてくれるといったような
本作品の受け手が現われ
流れを変えてくれることを祈るばかりです。





※ここで
タイトルのセルフィッシュ・ジーン
此処あくまでメタファですけれど
それがいかに進化し得るか
なんですよね・・・
きっと
解かって戴ける方には
解かって戴けるかと・・・信じて。















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【 2015/01/28 17:21 】

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