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哀しみのセルフィッシュ・ジーン Ⅴ~地球の静止する日/アルジェの戦い/いのちの戦場 アルジェリア/馬謖
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多くの社会問題の本質を何かと
(個体差もあるでしょう)
セルフィッシュ・ジーンに集約させようとするのでは
あまりに淋し過ぎますね。
そう考えるからこそ
その進化へ思いを馳せもする
否、
私たちは
こうしたことを踏まえてきたからこそ
ダーウィンの遥か100年近くも前から
カントの云うフェアヌンフトを以て
自身をコントロールしながら
生き抜き、
その在り方を見詰め続けてもきたんですよね。
人間は、心身それぞれに
一定のプログラムを有しており
その論理的要請(傾向性)に支配される生き物
ですので
それを”不自由意思”として
しっかりと自覚をしながら
その上で
理性による客観的判断で
理想的行動をとろうとするそのことを
”自由意思”と名付け
弛まぬ努力を続けてきたのではなかったでしょうか。

そうなんですね。
私たちには
不自由意志だけでなく
自由意志があるんですものね・・・。
         
      
      



※この章の冒頭に綴ったバッハの楽曲の美しさ
こちら
どう考えても
理性だけではないんですね。
理性と感性の融合
といったような高みがあることを思い知らされる瞬間でもありまして・・。
感情をコントロールし
人類をorientationしてゆくのが理性なら
その理性を超え出るのもまた
感性であろうかと・・・。

誰かの身代りに
自身を危険にさらす自己犠牲の精神や
アルトイズム的行動などは
寧ろクリア&ディスティンクトといった類の理性を
越えた範疇であろうかと
思ってみたりもするんですね。

哀しみのそれは
時に美しきそれであり

あらゆるところでの学びの眼差し
そのバランス感覚のなかにこそ
大いなるヒントが隠されているようにも思っています・・・。


















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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2015/02/02 06:34 】

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