“受容は器”だと、教えてくれたあなたへ
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受容は、器

なるほど
そうなんですね。

であれば、私は
未だ未だ(涙

結え
磨かねばなりません。

ですが、
磨くこと

それ自体が
快感です。





ワーグナー藝術が与えた影響
所謂ワグネリズム
それは、彼以降の作曲家のみならず
多くの文学者たちのなかにも連綿と息衝いているよう。

ボードレール、マラルメ、ヴァレリーら
サンボリズム詩人だけではなくて

プルースト、トーマス・マン、バーナード・ショウといった
錚々たる作家たちも想起されます。

それが、藝術理念であるにせよ
創作上の諸技術であるにせよ…。


ワーグナーの楽劇で
言葉よりも旋律が雄弁であったが如く

例えば
マンの、“ブッデンブローグ家の人々”
“トニオ・クレーゲル”から“ヴェニスに死す”や
ジョイスの“肖像”或いは“ユリシリーズ”
などには、その指導動機が綺麗に浮かび上がり
ワグネリズムを思わずに
読み進めることは困難なほど。


高原の清流のイメージ
続く一本の道のイメージ
蕾から咲きつつある可憐な花のイメージ

反復され
互いに組み合わされ
使われるその用法は
あの指導動機の技法に
他ならないんですよね。

イメージを膨らませ
感受するココロの振幅。

その振れは、
時に小刻みに震え
時に大きな揺れが齎され
是、
まさに“快感”であります。














































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【 2017/05/07 04:15 】

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曖昧矛盾の在り様を見つめて
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音楽でなく、ビジュアルでなく
かと言って詩でなく
明確に表現者の意図が
紡ぎ出された作品。

その真の姿を捉えるにも
(エリオットの謂う)
“不都合な条件”を
肯定せざるを得ない場面は、決して少なくない。

まして、時に非専門的評論が
職業的評論より遥かに影響力を持ったりもする中で。

そうして

現代に、誤読の構造が
厳然とあること

それもまた
“自由”の範疇
と云って仕舞えば其れまでだけれど

ただ、
一回の理解
ひとつの解釈で
作品を決め付けるには、あまりに淋しい。

まして、
作品の曖昧矛盾は

読み手の心性を
映し出す“鏡”となることに
思いを致さない訳にはいかない。

























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【 2017/05/05 09:28 】

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その、受容…。


持てるもの
そして
持たざるもの


ですが
やはり私は

何を手にするかでなく

今此処にあるものを
どのように
受容するかを
大切にしたいと思っています…。



































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【 2017/05/03 02:37 】

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降り積もる時間~読書浴
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この季節
森林浴気持ちいいですよね。





書籍に囲まれてのそれでも
深まるかもしれませんが

出来るなら初夏
新緑の木立の下での
書との戯れなら尚、充たされて


贅沢な時間が
しんしんと降り積もりそうです・・・。

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【 2017/05/01 10:53 】

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バッハの音色
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楽器のなかで何の音色が好きかと問われたなら
特別な楽器
パイプオルガンと答えるだろうか。

サントリーホールや
オペラシティのそれも素敵だけれど

やはり
ドイツの教会で聴いた
18世紀中葉からのジルバーマン
歴史のオルガンその響き
あれは、別格だ。

何より、本当のバッハを
知りたいならば
あの場所で
あのオルガンでなければだめだ

そんなことを感じてどれだけの歳月が過ぎたろう・・・。

その奥行き
その寛容性
その大きさ
その抱擁性

それが、
どこまでも深く
赦しを含んだ
バッハの旋律と融けあい
引き出される音楽の揺籃。

音楽に抱かれるとは
まさにこういうことなのだ
それを
初めて感じたあの日、あの場所。

時折、無性に
そうしてバッハに懐かれたくなるのは
あの日の安らぎが忘れられないからかもしれない。
恰も、幼き日、
私にとっては記憶の先の
母の胸に懐かれたいが如く・・・。


※トローストもいい。
壮大なジルバーマンに比して
何故か肩のチカラが抜ける
頑張らなくていいんだ
泣いてもいいんだって思える
そんな優しい音色、
何よりそのフォルムが美しい。










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【 2017/04/30 07:33 】

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ミュッシャその時
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装飾に過ぎるデザイン性
けれどそれは
写実的にして正確なデッサンから起こされた
フォルム。

2次元と3次元を交錯させ
他を寄せ付けない場へと創り上げられた
ミュッシャの描く世界

今に通じる
普遍性を備えた魅力で
一世を風靡したパリ時代を経て

その後、

祖国チェコの古城に籠り
命を削る様に
没頭した作品。

”スラブ叙事詩”

その思想
臨場感
メッセージ性。

作品のベクトルは一変したように
映っても
矢張り
ミュッシャそのひとの
ものなのだ。

大きく
相反しながら
不思議と響き合う
ミュッシャの紡ぎ出す空間と空間。

今だから
感じたい
ミュッシャの世界観。

























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【 2017/04/28 08:35 】

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小さな小さな 末期の目


受験を控えた初夏
体調を崩し
ひとり検索しては、自分の生は長くないのかナ
漠然とそんなふーに思い込んでいた
季節がかつてあった。

あまりに漠然としていた所為かもしれないが
私の執着は
家族でも友人でも好きなひとでも
まして未来でもなく

教室の窓から眺める
見慣れた景色だった。

夏木立の眩いばかりの艶やかさ
この光景が
近い将来プツリと途絶える?

それが切なくて堪らなく
涙が頰を伝って
溢れて落ちた。

何でもない
ある日の断片的な記憶。

今思えば、小さな
とても小さな
想い出とさえ呼べない
ささやかな日常のひとこまに過ぎない。

けれど
あの時、あぁまで
自然を恋うた私のあの眼差しは、

初めて認めた
ささやかな末期の目
だったかと・・・。

その美しさは
なんとも愛しい
離れたくない
失わずにいたい
そんな類の心地よさを含んでいた。

騒めく教室の喧騒を
打ち消して余りある
遣り切れないほどの安らぎと
謂い様のない淋しさを湛えた樹々に寄り添う
衣擦れのような木の葉の声…。



そして今思う。
陽の光なくも
夕闇に溶ける自然
それで構わない。

僅かな風で
揺らいでいてくれれば
それだけでいい。

少し疲れたこころを擁いてくれる
自然が与える美とは本来
そうしたものかもしれない…。





















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【 2017/04/27 09:08 】

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芥川から川端~暮らしを彩る美〜自然と藝術~陽光と幽光~末期の目


太古よりの大自然
命の儚さ
悠久へ募る想い。

日本古来の静謐な美を湛える
生を、
自然を、
こころを、
繊細にして優美な文章で
紡ぎ出していった川端。
その暮しは
文字通り国宝級の美(術品)に囲まれた
美しき空間にあったという。

掛軸や、彫刻
其処に息衝く陽光、幽光。
そして例えば、魯山人の湯呑を日常遣いにすると
いったような。

美とは、日々の生活に根付いてこその
美なのかもしれません。
少なくとも私は、そう信じて疑わない…


       *


寂しさ
哀しさ
静かさ
優しさ
嫋やかさ…
いずれにも
美は似ています。

想いを致すのは此処
美は、
味わい尽くさねばなりません結え・・・。

       *

そして

美を見つめる眼差し。

”自然が美しいのは
末期の目に映るから”
そんな芥川の遺書を引用した
川端のノーベル賞受賞講演。

病弱であった青年期に
天涯孤独の身となり
両親の記憶さえ持たない
孤独の作家、川端であったから、

そのこころを慰めたのが
“美”であったから、

断言できた
藝術の極意、”末期の目”

美は緊張のなかにこそ
拡張され
鮮烈に受容されるということ。


       

















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【 2017/04/25 12:09 】

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幻の“見えざる手”〜不確実性
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“道徳感情論”を著したアダムス・スミス
そんな彼だから
だからこその“国富論”
だったのかもしれない。
けれどその“見えざる手”は、
人類の“欲望”を解放し

今や、資本主義のシステムのなかで
生かされる私たち。

結果、“手”は
働いてはいないようだ。

(経済と云う名の数字−分析–が、説く物語。
市場という実態のない、デジタル空間の動向に
果たして何が示されるものか、
それをどう咀嚼したらよいのか
未だに違和が拭えないのですが。)

GDP
あんなGDPで測る経済の成長率
それが本当の成長でしょうか。

環境保全や
富を如何に公平に分配するかが
最優先されない現状で
真なる経済成長が見込めるとは、到底考えられない。

歴史に学ぶなら
時に、
敵対視されている保護主義が必要な状況もありましょう。
求められるは、何より
ケインズ主義を悪用しない
正しい政治のチカラ
なんですよね…。

経済学のあのシンプルな原理で
立ち行く筈もないのは、

未来とは
あまりに不可知で
危機の確率さえ算出できない
不確実性が蠕く場所だから…。

公益資本主義が
机上の空論に終わらないことを
願うばかりです。






















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【 2017/04/22 23:42 】

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こころ~制御不能


理性でコントロールの効かない部分を内包せし人間。

・・・・・。

否が応でも
人間も自然の一部
ということなんですよね。

        *

サルトルの“他有化”をして
遣り切れなさは否めません。

ですが私的には
彼の戯曲“出口なし”
あのメタファに至る前に
“強く在る(確固たる自己の構築)”ことが出来る
そうした人間精神に信頼を置く立場にはおります。

        *

その上で
どうにも制御不能な事象

死。

        *

そして
やはり(行動でなく精神で謂えば)
たったひとつの
恋かな。

否、だからこそ

たったひとつだけの恋
なのかもしれません・・・。


























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【 2017/04/21 10:02 】

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リスト~巡礼の年 第3年よりLes jeux d'eaux a la Villa d'Este
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リスト 巡礼の年 第3年を聴く・・・
ローマ界隈といえば、遺跡
そして美術
そして噴水。

スペイン広場前のトレビの泉から
Tivoliの丘はランゴバルドのVilla d'Esteまで。
此処には、エフェソスのアルテミスに百の噴水など
ギリシア、ローマ時代のそれが500もあって

そう、リストが曲のモチーフにした
(パッセージの流れを綺麗にするに難しい楽曲ですが)
”エステ荘の噴水”であります。

”水の藝術”を音で揺蕩う
そんなひとときも結構、素敵です。


       *


ローマ☆

時に、早朝マーケットで
新鮮なアーティチョークを買いこんで
アマトリチャーナを合わせて
ローマ料理を愉しんでみたり

天然素材の漆喰
顔料から創る
フレスコ画教室で
ダ・ヴィンチの香りに酔ってみたり

取り分け
古代からルネサンスまでの美が
木魂する都。

そもそもが
神話の国です故。

ラファエロ調和の都
さらには
かのバッハが魅せられた
協奏曲
その発祥の地でもあるんですよね・・・。































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【 2017/04/20 02:44 】

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Pomp and Circumstance だから・・・。
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私にとって
エルガーが創出したあの調べ
その愛を含む旋律は
“威風堂々”の作曲者だからこそ
重いんですね…。

そしてあんなにも
強気のスコア。

三連の同音に
ひとつ、ひとつ別の記号を付与する
そのことに

言葉にならない
エルガーの想いの深さ
を感じ取るのは
私だけでしょうか。


















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【 2017/04/18 09:53 】

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セザンヌその愛~ゾラ
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文豪ゾラの作品群のなかに
“制作”があります。

ゾラの学生時代の不遇に
手を差し伸べた旧友セザンヌ。

その後の自身の成功をよそに
世間から酷評される彼の才能を
誰より信じ…

恐らく、ゾラなりにセザンヌの行末を
慮ったからこそ着手したであろうこの小説。

セザンヌもたぶん、それを解しながら
どうしても許せなかったのが
主人公の画家クロード
その悲劇的結末だったんですね。

“親愛なる”ゾラへ
その配慮に感謝する
としながらも
距離を置いたのはセザンヌ。
(ゾラのブルジョア趣味も影響して)
すれ違うふたりの友愛

二度と交わることのない時間。

人間関係とは得てして
そんなものかもしれませんけれど(涙

取り分け
セザンヌが描き続けた
あの林檎
それは、ゾラとの友情の証
でもあったんですね…。


         *


敢えて
みずみずしさを描かないセザンヌの
静物への眼差し。

それらが内包せし
太陽、雨の恵みへの思い、にまで
寄り添う豊かな心。

そしてセザンヌの多視点。
ひとが描くことでしか表現できない
優しさを醸し出させる
自然への配慮。

時に
そこには
温もりさえふくまれて…。

ルーブルから
自然を呼び醒した セザンヌ。

山々が
樹々が
果物が
細々した日用品の数々が
光と翳が
響き合う世界。

色彩の融合。

紡ぎ出される調和。




































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【 2017/04/17 08:51 】

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テーマ:桜のある写真 - ジャンル:写真

【 2017/04/16 02:53 】

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何処迄も
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イマジネーションには
終わりがなくて

現実は
いつだって
何処迄も
現実であります。




























テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/04/15 16:49 】

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